江端さんの忘備録
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- ■2010年
01月 31日
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- ・坂の上の雲、再読
- NHKが3年をかけてのぞむ「坂の上の雲」を、昨年の年末楽しく見せて貰いました。
今、文庫本の「坂の上の雲」を読みなおしているのですが、やっぱりラクですね。
人物が映像化できるというのは、長い小説を読む場合には適していると思います。
文字で読むことこそが正しい読書だと思う人はそれでも良いと思いますが、「正しい/間違い」には興味がなく、私には「楽しい」が正解です。
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「人間失格」も映画化されるようですね。
映画を見にいけば、私の『読むだけでムカムカする小説』の認識も変わるかもしれません。
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『近代文学、なにもかも映像化』という風潮が暫く続くと良いな、と思っています。
私は挫折した小説、結構多くて(大抵の場合、怒って、本をゴミ箱に捨ててしまう)、これらの本の再読のきっかけになって欲しいと思っています。
- ■2010年
01月 30日
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- ・「線路内にお客様が立ち入りされました」
- 「線路内にお客様が立ち入りされました」のアナウンスを聞くたびに、『まったく、酔っ払いのバカが、迷惑な奴』と思っていた私は、想像力の欠如を指弾されても、文句は言えないと思っています。
「立ち入り」→飛び込み自殺未遂
「人身事故」→飛び込み死亡確定
と言う意味なんでしょう。
まだ調べていませんし、調べる気も起きませんが。
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保険金加入から一定期間を経過した場合の自殺には、保険金が支払われます(最高裁確定判決)。
これは、『自殺というものは、そんなおいそれとできるものではなく、正常な判断下でない事故と認定される』という理由だそうです。
これは妥当な判決だと思います。
私も初期の鬱病になったことがあるのですが、「心の病」なのに、物理的に体を動かすことができなくなるという事実に直面して、慄然としたことがあります。
脳からの制御命令を与えるネットワークが、首のところで遮断されているイメージです。
「精神は、肉体を完全な制御下においている」ことは、私の経験からも、間違いないと思います。
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自殺は、コントロール不能な状況下での不幸な事故です。
変だなと思ったら、すぐに病院にかけこみましょうね、お互い。
努力や精神力で、制御不能となった身体を直せる訳がありませんから。
- ■2010年
01月 29日
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- ・ナッちゃん
- 中心軸の軸線の異なる2つのシリンダを、連動させて動かすことはできるでしょうか?
但し、歯車、ベルトで動力を伝達させてはなりません。外部のモータやマイコンプログラムも使ってはなりません。
答:「オルダム継手」を使う
(検索エンジンで調べましょう)
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『ナッちゃん』は、漫画家「たなかじゅんさん」のコメディ漫画と紹介されていますが、この紹介は正確でないと思います。
このコミックは、構造力学や、溶接技術、ファクトリーオートメーションや、IT技術を、日常生活レベルに落し込んで解説する、技術の集大成本です。
主人公の、阪本ナツコ、通称「ナッちゃん」は、零細鉄工所の娘として生まれ、小さい頃から父の後をついて周り鉄工所の仕事に興味を持ち、父の死後、本格的に鉄工所を継ぎ、次々と奇抜な「発明」で難問を解決していきます。
しかし、この「発明」がもの凄い。
私が特許庁の審査官であったら、拒絶理由通知を行うことなく、一発で特許査定を出すような「発明」の宝庫。
たなかじゅんさんは、コミックに掲載される前にちゃんと特許出願しているんだろうかと、他人事ながら心配になってしまいます。
惜しげもなく、このような技術を万人の共有財産にしてしまうことの偉大さを、たなかじゅんさんは気がついていないのかもしれません。
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もし、私の部下が、『ナッちゃん』のような発明を、特許出願もしないで顧客に開示したら、
『問答無用で、殴り倒す』
(殴り殺すかも)
我々研究員は、発明で飯を喰っているのですから。
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『ナッちゃん』を読みながら、「オルダム継手」(オルダムカップリング)の原理を理解した時、慄然としました。
動く。確かに、これなら動く。
技術大国日本をあますところなく紹介する、かかる良書こそ、世界の隅々まで発信されて欲しいものです。
http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/e3cc59315f721e11495b8ef87e023df3
- ■2010年
01月 28日
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- ・パリの平家物語
- 何年か前に、学会聴講でパリに行ったときのことです。
モンパルナス・タワーの最上階で、クロワッサンの朝食を食べて(貸切状態)、結構幸せな気分になりながら、モンパルナス地区を、てくてく歩きながら、ホテルに帰る途中、モンパルナス墓地に寄りました。
ボーヴォワールやサルトルの墓を見ておくのも、一興かと思いまして。
私はついぞ、彼等の著書を読むことはありませんでしたが。
学寮の管理人の叔母さんから『ボーヴォワールくらいは読んでおきなさい』と言われていたのですが、ボーヴォワールやサルトルについては、彼等が「事実婚」であった以上の知識はなく、現在に至っております。
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私は墓地の雰囲気は結構好きな方です。
結構寒い冬の午前でしたが、そこそこ人もいました。
しかし、歩いているうちに、モンパルナス墓地の人気のないエリアにさまよい込んでしまいました。
そこには、すでに管理が放棄され、何百年も放置されていたであろう巨大な墓の建造物がいくつも立ち並んでいました。その大きさたるや、私の部屋よりも大きなものでした。
その規模や作りから、当時、相当な財力を誇った貴族の所有していたであろうことが推認される墓でした。
しかし、100年単位で放置されて、崩れかけた巨大な石の建造物は、それゆえ、朽ち果てることもできず、その醜悪な態様のまま放置され続けていました。
子々孫々その栄華が果てしなく続くことを信じて、その建造物に埋葬されているであろう者達の想いは、安らかであるのか否か。
栄華の果ての没落に、その存在を自ら消し去ることもできない悲運に、「盛者必衰の理」が胸に去来しました。
欧州の華やかな街の中で、平家物語に思い馳せるという、奇妙な時間に幻惑された一時でした。
- ■2010年
01月 27日
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- ・最高の笑顔
- 小学校5年生の娘がテレビを見ながら『無罪って何?』と聞いて、私は少し考え込みました。
そろそろ、『無罪とは悪いことをしていないこと』というのが、正しくない概念であることを教えても良い時期だと感じたからです。
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『ある人が麻薬を家に隠し持っていました。お巡りさんが、この家の窓ガラスを割って、家の中を探して、この麻薬を発見しました。それを証拠として、その人を逮捕しました。この人は有罪になるでしょうか』
『なるでしょう?』
『100%無罪になります』
『どうして』
『法律的に正しい手続で行われていない捜査では、有罪にできないから』
ここで嫁さんが割って入ってきました。
『麻薬を所持していたことは明かなんでしょう』
『うん』
『それでも無罪になるの。減刑されるくらいじゃないの』
『駄目。適法に取得した証拠でなければ、裁判所は採用できないし。お巡りさんが、捜査令状を裁判所から貰っていれば、問題なかったんだけど』
だから、無罪とは悪いことをしていない、ということではないことを説明しました。
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『じゃあ有罪か無罪は、誰がどのように決めるの?』
『原則として、裁判官が自分の判断で、勝手に決める』
『え!?
そんなの困るじゃん。裁判官が、「この人、なんとなく嫌」って思ったら、誰でも有罪にできるの?』
『裁判は、そういうものだから。「自由心象主義」というんだけど。ただ、刑事事件だけは、自白*だけ*では有罪を認定できないという例外はある』
『・・・』
『しかし、刑事事件についても、証拠についてはその有効性が良く分からん場合は、やっぱり裁判官の主観だけで決まるという面はあると思う』
だから、有罪が悪いことをしていること、とは言い切れない、ということも説明しました。
ちょっと早いかな、と思ったけど、まあ良い機会でしたので。
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人生において誰も彼もに、愛想よくする必要はないのです。
家族にも、友人にも、彼氏との最初のデートの時でも、結婚式のウエディングドレスに身を包んだ時でさえも、その気がないなら笑顔を見せる必要はありません。
「最高の笑顔」は、被告席に立ったときに向き合う、裁判官に対して*だけ*、見せれば良いのです。
- ■2010年
01月 26日
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- ・朝令暮改を全力疾走
- 私は、朝に批判していたものを、夕方に絶賛することを、結構頻繁にやります。
私の周りで困る人も多いかと思うのですが、技術者には必要な才能だと思うのです。
技術の世界では、聞いただけだ「たいしたことない」というものが、試してみると「物凄い」と思うものが多いのです。
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で、今回も、ここからスタートしてみたいと思います。
「ツイッターは使えん」
○別に新しい技術ではない。
○Webすらも十分に活用できていないのに。
○集合知にすらなれん。
○コメントの内容が「つまらん」。
○人のコメントなんぞが、そんなに欲しいか。
○人の意見に、いちいちコメントなんかしたいか。
○コメントのついていない発信が晒されている状態の、なんと惨めで寂しいことか。
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明日、私は、
「ツイッターこそが、集合知の最終形態」
「人類最後の希望」
とか言っているかもしれません。
それは、私の軽薄な性格が理由ではなく、技術者としての正しい属性が成せる業(わざ)なのです。
- ■2010年
01月 25日
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- ・笑わせるな!
- ○GPSのサービス研究をしているのに、携帯電話のGPSのナビサービスすら使ったことがない。
○スマートグリッドの研究をしているのに、自宅の家電製品の消費電力すら計測したことがない。
○ネットワークの研究をしているのに、通信ドライバ一つプログラミングしたことがない。
○OSの研究をしているのに、カーネル再構築すら試みてみたことがない。
○特許権の効力を説明するのに、特許法すら読んだことがない。
◎研究員のくせに、「さよならジュピター」すら読んだことがない。
- ■2010年
01月 24日
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- ・裸の王様
- 研究員の服装に関する記述が続きますが、
いつぞや、総務のエライ人が
『背広にリュックを背負って、出張に出かけるところを見て、驚いた』
というセリフを聞いて、ちょっとした違和感を感じました。
ファッションはよく分かりませんが、安全性の観点からリュックは絶対的に優れていますので、悪くない選択ですが、お客様を訪問する時までリュックを背負うことには躊躇する自分がいます。
これは、服装に関する主張に一貫性がなく、矛盾していると思います。
私のドレスコードに関する信念が「絶無」で、正直「服装なんぞはどうでも良い」と思っているからです。
どの時代のどの世代でも、ドレスコードに関する主観の相違は、議論の的ではありますが、日本でビジネスをする上においては、ネクタイをして背広を羽織っていればまず安心です。
逆に見れば、「ネクタイと背広」とは「裸の王様」と同義とも言えます。
- ■2010年
01月 23日
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- ・予備校生の宿舎
- 以前「社会人離れした格好で、本社にやってくる私」について記載したことがありました。
この件を嫁さんに話したところ、『研究員ってそういう人達だけなんでしょ』と総括されてしまいました。
『そんなことはないと思うけどなぁ』と言う私に対して、嫁さんは、以前住んでいた、研究所の社宅の窓から見た出勤の様子が、
『浪人生が予備校に行くみたい』
だったそうです。
浪人生・・・。
研究員と共通するものを、確かに感じる。
- ■2010年
01月 22日
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- ・海外に赴任になる後輩に贈る言葉
- 君はこの赴任に対して、理不尽なミッションを負わされたと感じているだろう。
そして、十分なサポートがないまま、現地に送られることに、今まさに憤りを感じているかもしれない。
しかし、私は断言する。
これから、君が異国の地で、文字通り死ぬ程苦労することは、これからの君の人生に、
『何の役にも立たない』
と。
-----
プロジェクトは頓挫し、その立案者は責任を負わずに逃げる。間違いない。
それだけならまだしも、厚顔甚しくも、逆に君を叱責し、責任を追求してくる。
君は、人生でかつて経験したこともないような「理不尽」の豪雨を浴びることになるだろう。
だから、
『まあ、気楽に行ってこい』
- ■2010年
01月 21日
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- ・宇宙から声が聞こえる
- GPSの特許発明の明細書の作成で行き詰まっております。
最近、深夜の夜道を歩いていると、上空2万キロメートルから、GPS衛星の信号が聞こえてきます。
- ■2010年
01月 20日
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- ・電子メールの発明者
- 私は、電子メールの簡易なサーバとクライアントを作成したことがあり、それを子供達に話たことがあります。
子供達は、サーバとかクライアントの意味が判りませんので、
『電子メールの簡易なサーバとクライアントを作成』
↓
『電子メールの作成』
まで圧縮して理解してしまったようです。
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我が家(の一部)では、私が「電子メールの発明者」になっておりますが、放置しています。
#
が、学校で言いふらされたりすると、後で困るな。
- ■2010年
01月 19日
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- ・「今日の運勢」に関する一考察
- 私は占いというものを信じない訳ではないのです。
統計学(例えば、平均から2σ(標準偏差)に入る確率は66%とか)、あるいは、物理学(良いこと悪いことは、概ね同じスカラー量で周期的に繰り返す)という要素に、各個人の属性やら、環境やらを考慮した、一種の長期トレンド分析と思っているからです。
しかしですね、そう考えると「今日の運勢」というのは、理解しにくい訳です。
星座や血液型によるカテゴライズに、意味があると(無理やり自分を納得させて)仮定しても、24時間以内の事件推測は、かなり(というか、絶望的に)難しいと思うのです。
「検証をする」とまでは言わないのですが、その占いに至った「根拠」を知りたいのです。
#
別に論理的に破綻していても良いし、嘘でも良いのです
##
土星と木星の視野が30度以内に入ると、そこから惑星間オーラが地球に及び、この惑星オーラは、平均気温11度の環境で生まれた「さそり座」の、特に血液にA0,B0型血液に影響を与えるから、とか(めちゃくちゃ、凄く嘘くさいけど)。
根拠のない結論って、気持悪いんです。
その上「今日の運勢は最悪です」と言われて、鼻で笑い飛せるほど達観してもいませんし。
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「今日の運勢」の価値は、別のところにあると思います。
「上から落ちてくるものに気を付ける」
「黄色のTシャツがO.K」「水色のハンカチはN.G」
「好きな人から告白されるかも」
「人からあらぬ疑いをかけられるかも」
こんな文章よく作れるものだ、と、本当に感心します。
私も駄文創作力では右に出るものは、国内に2000人くらいしかいないと思いますが、「今日の運勢」に登場するこの脈絡のないセンテンスを作り出すのは、大変な努力と(おそらくは、相当なストレス)もあると思います。
読んでいる人に、「おや?」と思わせるような意外で気を引くようなキーワード、普段気がつないようなアイテム、世間の殆どの人が体験し得る生活の事象を取りあげるなんてのは、そんな簡単にできるものではありません。
#
『「素敵な彼氏に会えるかも!」 →
可能なら、会いたくない。』というものもありますけどね。
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「今日の運勢」は、文学であり、著作権の保護対象となる、と思います。
著作権法第2条1項
著作物
思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
- ■2010年
01月 18日
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- ・人間学再考
- 人間に対する畏怖とか尊敬とか不可解さの深淵に至るには、人間との密接なコミュニケーションを必要とする意見は多いと思います。
『人間と付き合うことなく、人間を語るな』
『異性と付き合うことなく、恋愛を語るな』
の類いの意見が、該当するかと思います。
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大学のころ、私が所属していたチームは、一年近く、本当に真剣にロボットの歩行プログラミングを行いました。
相当膨大なプログラムだったと思います。しかし、ついに、満足に歩かせることができませんでした。
ほっといても歩き出す、犬、猫、幼児が、信じられない気持でした。
私は、歩行計画のプログラムを担当していたのですが、たった一枚の障害物の向うに歩かせるプログラムに7ヶ月を要しました。
しかし、その程度のこと、蟻だってできます。
ファジィ推論の研究を始めたのは、こういう研究結果に行き詰まっていた時だったと思います。
この推論は、推論条件を適当にいくつか決めておき、その度合いを線形式に置き換えるだけの、単純明快なアルゴリズムからなる方式です。
本を読みながら3日くらいで適当に作った推論エンジンが、100のパラメータを越えるロボット制御プログラムの性能を軽く越えた時、ほとんど発狂しそうでした。
『どうして、こんなのが動く訳?』
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逆に、その推論エンジンを別の対象に適用して検証を行っていた時、試しに1960年代にロシアで考案された古臭いアルゴリズムを使ったら、なんと、100倍以上の速度で問題を解決してしまいました。
半年間の研究成果が全部パー。
この辺りになると、一体何が何だか、分からなくなってきまして、そのまま、現在に至っております。
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私は、人間に対する畏怖とか尊敬とか不可解を「計算機」から教え込まれてきたような気がします。
人間に対する畏怖とか尊敬とか不可解さが、必ずしも人間との密接なコミュニケーションを要しない場合もあるという一例に・・・なっているか?
- ■2010年
01月 17日
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- ・音速で飛んでくる電柱
- 私の人生において、アインシュタインの相対性理論を数式で理解しなければならない場面がでてくるとは思いませんでした。
昨夜、私の位置から高速で近づく/遠ざかるGPS衛星の速度を『エクセル』で計算していました。
#
いや。本当の話。あの、マイクロソフト社のスプレッドシートのエクセル。
私は、手を抜く為なら、どんな努力も厭いません。
学生の頃は、ロータス1-2-3を使って、FFT(高速フーリエ変換)の計算をやったこともあります。
昼飯を食べに行っている間に、計算が終っていますので。
閑話休題。
軌道上を3km/秒以上で移動するGPS衛星の時間は、地上の我々の時間と比較して、(わずかではありますが)ゆっくり流れるのです(浦島効果)。
この影響は、GPSによる位置測位においては、ちょっと無視できない程度の誤差を与えるのです(現在、計算中)。
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それはさておき。
特許明細書の実施例に記載する為に、かなりいい加減な衛星軌道や対地移動速度の計算やらをやっているのですが、計算してみると、結構驚くことが多いです。
地球は自転しているので当然地面が動いているのですが、この速度がなんと380m/秒(時速1400kmくらい)。音速(340m/秒)より速い。
慣性や重力のない世界を考えると、あなたが地面を蹴った瞬間に、電柱やアパートや家がマッハ1以上のスピードで、あなたに向って飛んでくるという大変危険な世界になります。
(この他、東京から赤道直下のアフリカに引っ越ししたら、自分の体重がどれくらい軽くなるだろうか、とか。遠心力は半径の大きさで決まります)
『そういう無駄な計算をしている暇があったら、さっさと実施例を書け』という知財の担当者のようなセリフは無視させて頂きます。
- ■2010年
01月 16日
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- ・ご褒美 なし
- GEOGIAの缶コーヒー「ご褒美ブレイク」を飲んだのですが、缶の中から美女が出てきません。
不良品でしょうか。
- ■2010年
01月 15日
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- ・ネアンデルタール人の装飾
- 人類の祖先でもあるネアンデルタール人が、装飾品を付けて化粧をしていたらしいことが、発見されたそうです。
生れてこのかた、自己を装飾するという観念を持ち得ない私は、
『ネアンデルタール人以下か?』
と言ったら、シンクで食器を洗っていた嫁さんが、深々と首を縦に振っていました。
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でもね。
『人類は、装飾という無駄なものを排除することで、進化をしてきた』という解釈もできますよね。
「本当に大切なものは目に見えないのだよ」と、どこぞの王子様も言っているではありませんか(by
サン=テグジュペリ)。
私は、私自こそが、人類進化の前衛であると信じます。
- ■2010年
01月 14日
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- ・メガクエイク
- NHKスペシャルの「メガクエイク(巨大地震)」を、家族で見ていた時に、私が、地震発生時についての、家族全員の行動を、こと細かに想定して話を始めました。
まず、帰宅可能な場合と不可能な場合の対応、ライフラインが寸断されている場合の生命維持方法、両親と連絡が取れない時の対応、完全停電の闇の中での動きかた、食料や飲料水の確保方法、などなど。
しかし、話をしているうちに、5年生と1年生の子供達が泣き出し始めて、えらいことになりました。
どうも、とどめとなった言葉は
「暗闇の中で、一人でなんとか生きのびろ」
だったようです。
嫁さんが夜中にも泣き出したと、私に文句を言ってきました。
どうやら、子供達に、大変なトラウマを作ってしまったようです。
必要な情報と指示ではあるのですが、子供への説明は、さじ加減が難しいと痛感しました。
http://www.nhk.or.jp/megaquake/p_about.html
- ■2010年
01月 13日
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- ・新成人よ!
- 成人式になると、『新成人よ!
○○○!!』という文字が、広告やテレビ番組欄に出てきて、鬱陶しいことこの上もありません。
『パソコン程度も扱えないような、低能な作家(著名ではあるようですが)が、何を偉そうに吠えていやがる』という認識で良いと思います。
比較の基準は、常に「あなた自身」で、いいんです。
私は、若者に呼びかけたいのは、こういう阿呆なコピーに真面目に付き合わない、ということです。
こういう話を聞いている暇があったら、自分で、何かを始めたり、どこかに出かけた方が、有意義で楽しいと思います。
人間は環境の連続性の中で生きているのですから、成人になったからといって、そんな急激に何かが変わるものではありません。
もちろん、私のこの文章も、『阿呆か』と言いながら、あなたは、鼻で笑って切り捨てれば良いのです。
- ■2010年
01月 12日
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- ・飛びクラス
- 昨年、小学校に入学した娘がそろばん4級を取得したことを知り、吃驚しました。
現段階で私の最終学歴(小学5年生で5級)を軽く凌駕しています。
3桁の暗算と、小数点の割り算を四捨五入つきで解答する娘を見ていると(私は、そろばんで小数点の計算ができることを知らなかった)、気の毒になります。
『池にアヒルが3匹います。浜辺にはカエルが2匹います。全部で何匹でしょう』という授業では、あまりに不憫で。
とは言え、多分『十で天才、十五で秀才、二十過ぎればただの人』の例に漏れないだろうし、全教科が飛び抜けて優れている訳ではありません。
『飛び級』とは言わないまでも、一時的な、算数だけの『飛びクラス』を検討して貰えたら、と思います。
- ■2010年
01月 11日
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- ・JMIの結果が届いた
- メンタル・ヘルス研究所なるところから、JMI健康調査の結果が届きました。
会社の業務命令でなければ、絶対に受けないだろう、面倒で鬱陶しい調査です。
(1)性別を入力させ、(2)会社の課を入力させ、(3)職制を入力させ、(4)年齢を入力させて、「統計情報」でオーナに報告するようです。
だから「プライバシーは完璧」だ、そうです。
(以下、一部省略)
コメントは避けます。
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調査レポート内容の記載が非常に無礼です。
失礼この上なく、私は心底腹を立てております。
環境の悪化や将来への展望は、避けえない経済や社会の変動の中の事象であって、個人の責任に帰着する訳あろうはずがありません。
しかし、レポートには、まるで私の責任のように記載されています。
おまけに、『仕事が上手くいかないことを、他人のせいにしていませんか』だと。
よくも、まあ、そんな下品な邪推ができるものだ、と呆れて物も言えません。
景気が悪くなれば、仕事も上手くいかないのは、当たり前です。
寒い季節になれば、「寒い」と感じるのはあたりまえのことです。
寒い季節に、「暑いなあ」と、裸になって陽気に振る舞う阿呆のようになることが、このJMIの問題作成者の望みなのでしょうか?
私は、年がら年中、馬鹿騒ぎをしているような、そういう体力は、もう残っていないんですよ。
家族全員でこのレポートを読んで笑い飛ばしたあと、ゴミ箱に捨てました。
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私のかつての同僚であった女性は、
『宇宙から私を呼ぶ声が聞こえる』→『はい』
と記載していたそうです。
『やるねぇ』と私が嬉しそうに言うと、彼女はニヤリとしていました。
- ■2010年
01月 10日
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- ・ギャンブル必勝法
- 結論:やらないこと
理由:ギャンブルは期待値が1未満で、必ず胴元、国家、銀行(宝くじ等)に搾取されることになっている。
従って、ギャンブルは行った時点で敗北が確定する。
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しかし、仮に金を損したとしても、期待値が1未満でも、「勝った!」という快感が得られうのであれば、ギャンブルには意義があると思うのです。
でも、
『賭ければ、必ず負ける』という自然界の確率論を無視した人生が、少なくとも一つあるのです。
私のことです。
ビンゴに当ったことがありません。
勝ち続けているカードゲームに、金を賭け出したら、いきなり全敗になります。
パチンコは、10分で全ての玉が尽きます。
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絶対、誰かが『お前はギャンブルできるようなタマじゃないんだよ!ヘッ!!』って言っている。
間違いない。
- ■2010年
01月 09日
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- ・超能力とニューラルネットワーク
- 近所の銭湯のアンケートで、『サウナのテレビ放送を止めて貰えないか』とアンケートで記載したことがるのですが、まあ、当然というか、黙殺されているようです。
熱さに耐えながら、無言で瞑想にふける男達。
悪くないと思うのです。
少数派でしょうが。
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また、最近「超能力」を扱うバラエティ番組が増えてきているようです。殆どが手品の類だと思います。
しかし、もしかしたら、人間の五感を越えて認知可能な超能力もあるかもしれません。
私は、超能力を積極的に否定する側には立っていなません。
『証明はされていないが、多分、いわゆる「超能力」と呼べるものは、多分あるだろう』と思っています。
-----
学生のころ、ニューラルネットワークの研究をしていたというお話はどこかでしたと思います(当時、流行っていたのです)。
たったの10個くらいの脳細胞を模擬したモデルに、ある問題と答えを教え込ませると、それを覚えてしまうというモデルです。
具体的には、1+1=3,2+6=4,
3+8=1
(誤記でありません)と、教え込ませると、この通り覚えてしまいます。
最初は覚えてくれないのですが、何回も、バシバシ教え込むと、少しづつ覚えてくれます(コンピュータですので、一瞬に10万回の学習を行うこともできます)。
加えて、凄いのは、この3つを教え込ませた後、「じゃあ、2+2は、何だと思う?」と、このモデルに聞くと、概ね妥当な答えを返答してくるところにあります。
「妥当な答え」とは、3、4、1 あたりの答で、間違っても100やら−1000
のような答は返さないということです。
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たった10個の脳細胞ですら、3つの滅茶苦茶な答を暗記し、その答えから、それ以外のケースの答を推測できるのです。
比して、人間の脳細胞は150億個あり、20歳を過ぎると毎日10万個も減っているそうです。
できることの規模が違うはずです(単純計算で15億倍の処理能力)。
世の中に、高度な未来予知を行える人や、金属を変形させる特殊なパワーを持っている人がいても、別におかしくないと思います。
-----
むしろ、こういう「超能力」の産業的利用が進まないことが残念だと思います。
株価予測とか、地震予知とか、犯罪者追跡とか、やって欲しいことは、本当に山程あるのです。
「わー凄い」「なんでー???」とか言っているタレントのバラエティ番組なんかに出て、小金を稼いでいる場合ではないでしょう、と言いたくなるのです。
- ■2010年
01月 08日
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- ・あいからわず社会人離れした服装で
- 今日、会社のLBS関係のメンバが一同に介して、打ち合わせを行いました。
私が入っていくと、メンバの一人の方から、開口一番
『あいからわず社会人離れした服装で来るなぁ』
と言われました。
-----
寒いですからね。
膝まである漆黒の防寒着に、黒のキャップを着用。
iPodのヘッドホンを装着し、黒のリュックサックを背負い、
黒のサイドバッグを肩からかけて、早足で入室。
鏡に映っている自分を見ても、特殊工作部隊の狙撃手のようにも見えます。
『だいたい会社に帽子かぶってくるなよな』とも。
昨夜の寝癖を手っ取り早く直す為なのですが。
-----
確かに、今日、私が本社ビルに入る時に、警備員のおじさんが息を飲み、身構えるのを感じました。
- ■2010年
01月 07日
-
- ・ちょっと嬉しかったこと
- 本日、赤坂にある会社に訪問する為に、JRの新橋経由の電車に乗りました。
電車の中で、前に立っている人の本の中身がふと目に入ってきました。
中身は、可愛いイラストの入った「フランス語会話の入門書」。
読んでいたのは、ビジネススーツを着た私よりちょっとご年配のおじさん。
-----
なんか、嬉しくなってしまって。
『おじさん!
うどんでも一杯奢らせてよ!!』と肩を叩きそうになってしまいました。
- ■2010年
01月 06日
-
- ・所詮は私程度
- 結構自分が上手く行くやり方を、気がつかない内に、人に押しつけたりしていることってありますよね。
気を付けなければならないと思っています。
自分が上手くいったことが、他人にも当て嵌る保証はないし、仮に当てはまったとしても、本人にその気がないのであれば、やらせることはできませんから。
-----
誰か:『それをやったら、何かいいことあるの?』
私
:『私の様に、仕事ができるようになれるぞ』
誰か:『あんた程度の仕事ができるようになったら、どうだというの?』
という声が、いつでも、自分の中に聞こえてくる様に努めています。
- ■2010年
01月 05日
-
- ・もしも願いが叶うなら
『♪吐息を白いバラに変えて〜』などとは思いません。
現時点での私の願いは、
「波長19cmのGHz帯のBPSK変調電波を、
0.1波長程度の精度で遅延させることが
マイコンで制御可能な遅延発生モジュール」
です。
これがあれば、世界を変えることができます。
- ■2010年
01月 04日
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- ・寒い冬の定番
- 少女マンガなんぞで、良く出てくるのは、
雪の降っている夜の町、暖炉の火と暖色系の照明の喫茶店。
曇ったガラスの向うに、ホットカフェオレのカップを両手で持って、
窓の外の雪を眺めている美少女。
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サラリーマンには、そんな風景には縁はありません。
空腹の帰宅時、極寒の駅ホームで、我々に現実的に「暖」を与えてくれるもの。
それは『駅のホームの立食い蕎麦屋』です。
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最近、こちらは酷く寒いですが、皆さんのところはいかがですか。
- ■2010年
01月 03日
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- ・マナーの悪い人を注意することについて
- タバコのポイ捨て、優先座席での携帯電話の使用等は、いずれもマナーに反します。
マナーに反することは、大抵の場合、迷惑行為ですので、そのような人を注意することは、気持ちのよい社会を作るためには大変に意義のあることです。
しかし、最近、このような注意をした人が、暴力を振われるという事件が後をたちません。
暴力は、社会悪ですし、法律違反行為なので、当然に暴力をふるった人は逮捕され、民事上の損害賠償の請求、または刑事罰の適用を受けます。
私は、マナーの悪い人間は注意されるべきである、注意に対して暴力で応答したものは、法のもとに罰せられるので、結局「正義は実現される」と、思っていました。
法律の勉強を始める前までは。
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民法709条において、損害賠償請求権が成立する為には、
(1)犯罪者が権利能力を有すること
(2)故意・過失があること
(3)違法行為であること
(4)損害が発生していること
(5)上記(3)(4)に因果関係があること
の*全部*が必要になります。
(1)知的障害を有する犯罪者は確実にダメ。泥酔している状態、麻薬中毒でラリっている時点での犯罪も成立しないかもしれない。
(2)『頭突きではなく、謝るつもりで頭を下げたらぶつかった』の主張が認められればダメ。
(3)物理的暴力でないと駄目。肩を突いた、襟首を締め上げた等、大声、怒号、脅迫の文句も多分ダメ。
(4)怪我をしていないとダメ。怪我をしても、直ってからでは立証できないのでダメ。
(5)暴力と怪我の関係を立証しないとダメ。しかも注意した人自身による立証が必要。
しかも上記(1)〜(5)を全部、「注意した人自身(×犯人)」が証拠を集め、証人を探し、病院で鑑定書を貰い、そして、ここが最も難しいのですが、「注意した人自身が、犯人の身柄を確保しなければならない」です。
逃げられたら終わリ。
警察だって、殴られて怪我したくらいでは、ちゃんと捜査しちゃくれません。そんなことは、日常的に起きている訳ですから。
私の母親が、バイクと衝突して逃げられた時がありましたが、警察はなんにもしちゃくれませんでした。
警察だって、この程度の事故で捜索していたら、日本の人口の1割くらいを警察官にしなけらばならないかもしれませんが。
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マナーの悪い人を注意する理由は、基本的に「不快だから」だと思います。
社会正義もあるでしょうが、それはどちらかというと付帯的な理由だと思います。
少なくとも私はそうです。
私がお勧めするのは、「マナーの悪い人から逃げること」です。
こういう人は、見続けていると大変不快だからです。
これでは、「負けた」ような気がするかもしれませんが、仕掛けた方が被害が大きくなる確率が高いのですから、「勝った」と言えるのだと納得しましょう。
フットワークを軽くして生きることが、必要となります。
次に「頭悪くて、マナーの判定が付きそうにないような人間を見た時点で、即、逃げること」です。
マナー違反を見れば、腹が立ちますが、見る前であれば、それを避けることができます。
「頭悪そうな奴」は、大体『頭悪いオーラ』を出しています。
例えば、センスの悪い服、丹精でない顔立ちに似合わない頭髪、下品な装飾品、不自然なかっこ付け、圧倒的に語義の少ない知的レベルの低い会話。
これらは、自己評価をできないという点以外にも、評価をしてくれる友人をも存在しなことが認められ、問題を起こす可能性が高いと言えます。
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それでも注意したいというのであれば、以下の点に留意すれば、実施しても良いかと考えます。
(1)血縁以外の友人と一緒にいること。証人となって貰う為です(電車なら車掌がよい)。
(2)アクション開始前に、携帯等での録音(可能なら録画)を行うこと。証拠が必要な為です。
(3)遺留品(メガネ、帽子)等を奪うこと。犯人の手掛かりを少しでも得る為です。
(4)騒ぎは可能な限り大きくすること。証人を増やして、事件化する為です。
(5)騒ぎを見ていた人の連絡先を尋ねること。証人が必要な為です。
(6)怪我をした場合は、その程度に関係なく、その場から病院にいき、診断書を貰うこと。
なお、犯人のヤサ(住んでいる場所)まで特定可能なら、これは勝負に出ても良いと思います。
大体、私も「ヤサ」の有無で、戦闘/非戦闘モードを切り替えています。
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私は法律の勉強を始めて、随分楽になりました。
「逃げる」ことが、正しい行為であることが判ったからです。
なにしろ、
(1)現状の法体系や警察機構だけで、完全に被害者を救済することは不可能
(2)犯罪被害者と犯罪加害者では、圧倒的に加害者側が有利
(3)従って、犯罪は巻き込まれた時点で「負け」である
(4)巻き込まれない日常こそが「勝利」であり、「逃げる」ことこそが、その勝利への最短ルートである
の、ですから。
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法は、正義と公平の理念とその実現の為に存在します。
しかし、法は、あなたが「マナーの悪いバカ」から殴られることまでは、救済しません。
注意して分かるような人は、マナー違反をしません。
マナー違反を自己認識できない人間が、あなたに被害を加える可能性は相当に高く、注意を謙虚に受けいれる可能性は相当に低いと思います。
そして、あなたが被害を受けた場合、その救済を得られる可能性は、絶望的に低いです。
- ■2010年
01月 02日
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- ・○○をやっている人に悪い人はいない
- 私の大嫌いな台詞の一つに、「○○をやっている人に悪い人はいない」があります。
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○○には色々入りますが、私が見た記憶のある物には、「格闘技」「ラグビー」などがあります。
体育系のスポーツに多いのは、スポーツパーソンが常人より体力を有し、暴力に転換する可能性が高いからかもしれませんが、これは私にも良く分かりません。
私、高校のころ、ラグビー部のバカに、理由もなく石を投げつけられたことがあります。
私はそのバカが嫌いでしたが、少なくとも、私からそのバカに直接何かをしたことはありません。
気に入らないという理由だけで、こういう所業に及ぶのは、「悪い人」だと思います。
と言う訳で、「○○=ラグビー」は、反例が1つあり、成立しません。
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『○○をやっている人に悪い人はいない』という奴がいたら、そいつと、その『○○』を、私に教えて下さい。
即日、私は、その『○○』に参加します。
そして、世間に対して迷惑な行為をしまくって、沢山の反例を作ります。
- ■2010年
01月 01日
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- ・『好きなことをして生きなさい』を吐く無知について
- 『好きなことをして生きなさい』という台詞を言う吐く人は、頭が病んでいるのだろうと思います。
そんなことは無理だからです。
『私はそういう生き方をしている』という人は、定義を間違っているか、判っていないかのどちらかだと思います。
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『私は働かずに、毎日好きな本だけを読んで生きたいです』
毎日、好きな本だけを読んで生きていくのですから、労働はできません。従って、それらに伴う収入もありません。
贈与等の一定の収入がある人のみが許される特権であるなら、『好きなことをして生きなさい』の前に、『あなたにその実施する条件があるなら』という文言が付くことになります。
あたりまえのことです。
私はやりたい研究がいくつかあります。可能なら好きな研究だけをして毎日生きて生きたいです。
しかし、その研究の為に、やりたくない書類を作成し、活用される予定もない特許出願をし、嫌いな上司を説得し、新事業に興味のない事業所を口説き、所長にバカにされて、多くの場合は、研究の資金の確保に失敗します。
『好きなことをする為』には、その100倍以上もの『好きでないこと』をしなければなりません。
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もっとも、その『好きなこと』が、毎日ラーメンを食べること、とか、毎日テレビを見ること、なら達成可能とは思います。
『好きなことをして生きなさい』が成立する客体要件は、極めて日常生活に埋没して、何人にも達成が簡単である事項に限定されるでしょう。
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『好きなことをして生きなさい』と、臆面もなく語る人は、ようするに、『ラーメンを食べる人生』程度の認識しかない上に、人の貴重な人生を、いい加減に扱っている無責任な人と断言できます。