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2013-06-19 現代国語という「悪文」解読技術

先日、実家に帰省した時に、本棚にあった、高校の時に使っていた現代国語(以下「現国」という)の問題集を見つけました。

風呂の中に持ち込んで、2~3問、その問題を問いてみました。

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解けません。

全然分からないのです。

例えば、「下線部の『それ』は何を指しているのか10文字で答えよ」とか、「その時の作者の気持がもっとも強く表われた箇所を抜き出しなさい」とか、です。

皆さんも覚えがあると思います。

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それで、私、ようやく分かったのです。

現国の題材に使われる文章は、空前絶後の「悪文」である、と。

『よくもまあ、こんな分かりにくい文章を書くものだ。作者は恥しくないのかなぁ』と思ってしまいます。

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「下線部の『それ』は何を指しているのか」が試験の設問になるということは、「『それ』は何を指しているのか」が分からない人、つまり誤答する人が存在してくれないと、出題者としては困ります。

私なら『それ』が分かりにくいなら、『それ』とは記載せずに、何度でも同じフレーズを繰り返して記載します。

文章というのは、人に分かって貰うことを目的とするものであって、「謎解き」をするものではないのですから。

つまり、分かりにくい『それ』を平気で使っている作者は、「悪文」を書いていると思うのです。

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「その時の作者の気持がもっとも強く表われた箇所を抜き出しなさい」については、「そんなもん、作者でないと分かるか!」というのが正解です。

(しかし、「それを言っちゃあおしまいよ」なので、今回は敢えて触れません)

しかたがないので、一応解答の解説文を読むのですが、これが、全くストンと肚に落ちてこない。

そもそも、「作者の気持」が、こんな面倒くさい論理付けをしなければ説明できないのであれば、もはや、この設問の題材の文章は読むに当たらない「悪文」として確定してしまってもいいんじゃないでしょうか。

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もちろん、「文学」は、分かりやすく書くことを目的とする「テクニカルライティング」などとは、全く異なる世界の話なので、同じレベルで論じるのは間違っています。

しかし、訳の分からん文章を、一生懸命解読しながら読む時間があればら、私はその本をゴミ箱に捨てて、別の本を読みます。

実際に、今なお私は、読後3分で、その本をゴミ箱に直行させるということを、日常的に行っています。


2014-06-19 ―― そのプログラムコードを、誰かの役に立てたい

今、週末研究員の立場で、C(C++ですらない)を使って、シミュレータ作っています。

Now I am making a simulation program based on "C" language (still not "C++").

オブジェクト指向という概念を知ってプログラムを書き始めて、20年という永遠に近い悠久の時を経て、今、改めて思っているのですが、

After knowing "Object-oriented programming", more than twenty years, through eternity time, has passed. I re-think again that,

"I wonder if the concept of object-oriented is really needed."

と、思い始めています。

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■可読性、すごく悪いですよ。(なんで自分の書いたソースコードの追跡がこんなに大変なんだっけ?)

- Readability is very bad. (Why should I feel hard to track my source codes?)

■インターフェイスが一義的でないので、どのメソッド読んでいるか特定できないし、

- An interface is not unique, so I cannot specify which method I should read.

■オブジェクトの定義が、別のファイルに入っていると絶望的に追跡が面倒になるし、

- If the definition of an n object is in another file, code tracking is terrible complicated.

■知らないところで、継承されたオブジェクトが使われているかと思うと、怖くてメソッド叩けんし。

- If someone made an inherited object, I feel fear to make the method because I don't estimate results.

いや、勿論、クラスを「データのおにぎり」化できるという点では、めちゃくちゃに便利だと思いますよ。

Of course, I know it is very convenience in order to make like a "rice-ball of data", though,

でも、それって、structを使えば足るでしょう?

I think that "struct" is enough.

「おにぎり」の中に「おにぎり」を正方体に変形させるメソッドなんかがいるかなぁ?

Do we really need a method to change the "rice-ball of data" with "rice-square of data”?

「おにぎり」は、外部のファンクションさんに、握り直して貰えばいいと思うのですよ。

I think external functions are good to do the processes if we need them,

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いや、勿論、この理屈は不当です。よく分っています。

I know better that this logic is unfair.

しかし、私は、もう誰かと共同でシステム開発をする予定はないし、私の私による私だけのシミュレータなのですから、インターフェイスなんぞ、私の好きなように定義します。

In my case, I have no plans to develop a system with someone in the future. The simulation program is just mine, so I will define the interface as my favorite.

もう、フリーダムです。

It is freedom.

■グローバル変数を使いまくり、

- I am going to use global variables,

■数値を直接ソースコードに書き込み、

- write numeric in source code directly, and,

もう、近い未来には、あの毛虫のように嫌われた" GOTO"さえも復活させるかもしれません。

- reuse the "GOTO" that is hated as a caterpillar, in the near future.

-----

という訳で、私はこれからも、趣味で作ったシミュレータのソースコードを全部開示していく予定ですが、

However I am going to open my entire program I make as a hobby, the goody-goody feeling that

―― そのプログラムコードを、誰かの役に立てたい

"I want to make the program codes open for someone's help."

などという殊勝な気持ちは、欠片もありません。

is not a trace.

私のシミュレータの追試をしたいという人は、それなりの覚悟で取りかかって下さい。

If you want to do additional test of my simulator, you should be working on in its own way of preparedness.


2015-06-19 「私の匂いを、定期報告せよ」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

それはさておき。

Aside from that,

娘たちが、私に、このような詳細な報告をしてくるのは、

The reason why they inform me about these detailed information about my smell, is that

「私の匂いを、定期報告せよ」

"Inform me about my smell regularly"

と、この私が命じているからです。

I order them to do it.

娘たち以外に、私の匂いをダイレクトに詳細に報告できる人物は、この世の中に存在しないからです。

They are the last persons who can inform me about it in the world.

------

嫁さんも私の匂いを感知することはできるようですが、それでも娘たちの指摘回数に対しては、ずいぶん少ないと思います。

Though my wife also seems to has a capability as the smell sensor, I think that the numbers of report that she has submitted are less than those of daughters.

多分、自然界は、「夫婦の仲を悪くするようには機能していない」のだと思います。

It is probably that nature doesn't work to become breaking matrimonial tether, I think.

一方、私の会社で、私のコラムをズタボロに批判する後輩ですら、さすがに私の「加齢臭」にまでは言及してきません。

On the other hand, even my junior co-workers, who never hesitate to criticise my column radically, cannot mention about my aged-body smell.

多分、できないのでしょう。

It might be difficult for even them to do that.

なにしろ、「歩く傍若無人」と言われるこの私だって、上司や先輩は勿論、赤の他人であっても、体臭を指摘することはできなかったくらいですから。

Above all, even I , who has been called a "walking overbearing person", has not been able to point out the smell of strangers, needless to say senior coworkers and bosses.

(続く)

(To be continued)


2016-06-19 私を「揶揄し」「馬鹿にし」た、フレームコメントや、ネガティブコメントの全文を晒して

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

ところで、私のこのコラムに対して、

By the way, according to my column, some people attempted making fun or mock of me.

I think that I can write a column about this process with all of the above frame and negative comments,

詐欺の犯人以外で、「ネットワーク詐欺」を「支援」する者たちの動向や心理を、

コラムにして纏めても良い、と思っています。

and I also can analyze their mental and fisical activities that support the net frund.

-----

この企画、乗りませんか? > 編集部の担当者様

Dear Ms.editorial staff of my columns.

Are you interested in this project?


2017-06-19 「うん、江端さんは『何もしないでいてくれるのが、最大の協力』」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

それでも、、

In addition, I tried to think out "what kinds of action of the person of

「私は、私が理解した形以外の世界観で、このコンテンツが世界に広まることに、我慢ができないのだ」―― という人が、できうることは何か、を考えてみました。

"I cannot put up with the spread of this content to the world in a world view other than what they understood"

can do.

(1)非難・批判せずに、沈黙を続け

(1)Do no blame, no critique, and keep silent,

(2)その別の世界観のコンテンツには、決して近づかない、耳をかたむけない

(2)Keep away from the content of another world-view, and don't listen attentively for it.

こと、に、なるかと思います。

are sorts of example.

信じられないかもしれませんが、これだけのことが、十分にクリエータや制作サイドを助けているんです。

Believe or not, this is going to help the creators fully.

"アクティブ(能動的)"だけが支援ではありません。

"Active" is not all.

"パッシブ(受身的)"だって、立派な支援になります。

"Passive" also help people.

-----

私、学生のころから友人によく言われたものです。

I have got said by my friend from college life.

江端:「何かできることある! なんでもするよ!!」

Ebata: "Do you need my help? I do anything"

友人:「うん、江端さんは『何もしないでいてくれるのが、最大の協力』」

A Friend:"Thank you Ebata-san, but your maximum help is to keep nothing"

って。


2018-06-19 ―― キラーアプリは何だ?

―― キラーアプリは何だ?

"What is a killer application?"

私のようなITシステムやサービスの研究員にとって、この言葉は、いつだって「呪い」のようなものです。

For IT service researchers like me, this phrase is always about to curse.

「キラーアプリ」とは、

A "killer application" is that

■今までにない斬新なアプリケーションまたはサービスであって、

a amazing service or application that we have never before

■他社が安易に真似することができず、

a difficult service or application to realize for other company, and x

■顧客吸引力が脅威的に高いもので ――

an attractive service or application to have the ability to pull in more customers

要するに、「儲かって笑いが止まらないアプリ」のことです。

In short, service or application to laugh all the way to the bank.

「上(上司/幹部/社長))」は「キラーアプリ」を100万回も連呼していますが、私が記憶している限り、具体的な「キラーアプリ」を出して見せた人はいません(私を含めて)。

Executive class and boss shout repeatedly "killer application", however as I know, nobody has showed their own "killer application" before.

それくらい「キラーアプリ」は、難しいものなのです。

I think that I don't want anyone to say "killer application" easily.

-----

最近では、「キラーアプリ」と同じ趣旨で(少くとも私にはそう見える)「イノベーション」なる言葉も頻用されています。

Recently, The word "innovation" is likely to use easily, by the same "killer application".

で、笑ってしまうことに「イノベーションの作り方」などという講習会が開催されています。

Laughable, there is a lecture of "how to make an innovation" in the world.

―― 「イノベーションの作り方」なんぞどーでもいいから、アンタの考える「イノベーションの内容」を教えてくれ

"I don't care of "how to make an innovation" at all. please show me the "content of your own innovation"

と・・・、これも以前書いた記憶がありますので、もう、やめます。

Well I will stop writing it anymore, because I had written it before.

(続く)

(To be continued)


2019-06-19 ―― 自分の人生をユースケースに当てはめることが難しい

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

これは、プログラミングの履修についても同じことが言えます。

I can say the same about studying programming.

プログラミングは、その本を読んでいるだけでは、1mmも身に付きません。

We cannot acquire a knowhow about a programming at all with just reading an instructional book.

そのプログラムのサンプルを、パソコンのエディタに書き写して、コンパイルして、ビルドして、実行することで、頭の中に「定着」します。

In order to settle the knowhow, we have to transcribe a sample program on an editor of a PC, compile and build the program.

「お経」ではありませんが、私たちは、このようなプログラミング履修方法を「写経」といいます。

A program is not a sutram but we call it "codify" as a programming instruction method.

さらに、そのプロセスで、デバッグしたり、環境を整えたり、原因不明のトラブルをググったり、色々な面倒くさいうんざりするプロセスを経ることで、その「定着」が強固なものになります。

In addition the "settle" will be empowered by debugging, making the development environment, and retrieve trouble shooting, like annoying processes .

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ただ、この例外となる人物が一人だけいます。

However, there is an exceptive person in the cases.

それが、記事の「書き手」です。

This is a writer of the articles.

「書き手」は、その記事のロジックをちゃんと整理して、辻褄のあったストーリーにする為に、何度もコンテンツの推敲をし続けます。

The "writer" should organize the logic of their content, and spend ages practicing in order to make a logical story.

その結果、自分の書いた記事の内容については、自分の中に「定着」します。

As a result, their contents which they wrote by themselves is going to be settled in their mind.

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しかし、ぶっちゃけ、私たちは「行動する」ことも「書き手」となることも、難しいです。

However, after all we, it is difficult for us to do actions or become a writer.

私たちには、私たち自身の生活があり、使える時間に限りがあるからです。

Because we have to live our life and don't have enough time to do them.

ですので、私は、

So I have done

―― 自分で、その記事のサマリのメモを作る

"to make a abstract of the article by myself".

ということをやっています。これによって「写経」ができるからです。

I think that this is a sort of "codify".

さらに、

In addition,

―― 可能であれば、そのメモをブログ等で公開する

"I have opened the abstract on the Internet, if it is not bad one."

もやっています。

第三者に読まれるという緊張感で「写経」にも気合が入ります。

With the tension that my works are read by others, I can concentrate to "codify" deeply.

それも難しい、という状況である場合には、

Even if they are also difficult for you,

―― 他人に、その記事の内容を説明する

"Trying to explain a content of the article you read to others"

でも良いと思います。

might be good.

他人に説明することによって、自分の中に「定着」することもあるからです。

The "settle" may work well to explain your thought to others.

(私の場合は、嫁さんに、記事の内容を説明することで「定着」させています)

(In my case, I will settle it by talking to my wife")

私たちエンジニアの世界で、よく言われている格言に、

In our engineering field, there is a saying

「第三者に説明可能な状態になって、初めて『理解した』と言うことができる」

"You can say "I understand" when you can explain to others"

というものがありますが、けだし名言と言えます。

This is really a "mot", I think.

------

このように考えてみると、「マンガに学ぶリーダー論」とか、「アニメに登場する人生訓」とかが、定着しにくいのは、

I think that why the lessons from "Leaders of manga", "Life lessons told by the main character of animation" could not be settled, is

―― 自分の人生をユースケースに当てはめることが難しい

"difficult to apply our life to use cases"

からだろうな、と思います。

私には、

For me, I don't have

―― 大陸を統治する意思も、

- an intention to govern the continent,

―― 宇宙に行くための訓練の意思も、

- an intention of training to go to space,

―― 世界チャンピオンを目指す意思も、

- an intention to aim at world champion

欠片もありませんから。

at all.


2020-06-19 ―― この映画、小学生の時に見ておくべきだったな ・・・

昨日の続きですが、

This was a continuation from yesterday

長女が、

My senior daughter muttered

―― この映画、小学生の時に見ておくべきだったな ・・・

"I should have seen this movie in elementary school"

と、ぼんやりと呟いていました。

vaguely.

-----

彼女に何があったのかは知りませんが、まあ、何かあったのでしょう ――

I don't know what happened to her, but, well, something have happened to her.

尋ませんでしたが。

I didn't ask her.


2021-06-19 ―― 1943年の段階で、連合国の政府は、アウシュビッツの大量虐殺を知っていた

私は、大日本帝国陸軍の研究機関「731部隊」も、「ソンミ村虐殺事件」も、「クメール・ルージュによる虐殺」も、ボスニア紛争の「民族浄化」も、一通り、説明できる程度には知っています。

I know enough about Unit 731, the research institute of the Imperial Japanese Army, My Lai Massacre, Les Khmers rougesm, Ethnic Cleansing" in the Bosnian Conflict, and could give you an overview.

その中でも、特に、ナチスドイツのアウシュビッツについては、色々調べました。

Among them, I did a lot of research, especially about Auschwitz in Nazi Germany.

ユダヤ人でありながらナチスの大量虐殺に加担させられた「ゾンダーコマンド」についても知っています。

I also have known about the "Sonderkommando" who were forced to be part of the Nazi genocide despite being Jewish.

という訳で、もう滅多なことでは、驚かないつもりでしたが、NHKスペシャル「アウシュビッツ 死者たちの告白」を見て衝撃を受けました。

I thought I would never be surprised by anything, but I was shocked when I saw the NHK special "Auschwitz: Confessions of the Dead".

―― 1943年の段階で、連合国の政府は、アウシュビッツの大量虐殺を知っていた

"As early as 1943, the Allied governments knew about the genocide at Auschwitz"

ぶっちゃけ、私は、その事実を知りませんでした。

To tell you the truth, I did not know the fact.

「大量虐殺の阻止に動けば、ドイツはユダヤ人を絶滅ではなく他国に追いやる方針に転換する恐れがある」

"If we move to stop the genocide, Germany could switch to a policy of driving Jews to other countries rather than exterminating them"

「我々がユダヤ人を積極的に受け入れることになれば、人々の不満が政府に向くことになるだろう」

"If we were to actively accept Jews, people's frustration would be directed at the government"

つまり、『世界はユダヤ人を見捨てた』のです。

In other words, 'the world has abandoned the Jews.

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もちろん、それはショックではあったのですが、それ以上に、私は『アウシュビッツ収容所に、ポーランドの諜報員が潜入していた』という事実に衝撃を受けています。

Of course, it was a shock, but more than that, I was shocked by the fact that Polish agents had infiltrated the Auschwitz camp.

『命懸けの任務』ってよく使い回されるフレーズですけど、『絶滅収容所の中で、諜報活動を遂行するって、それ本当に人間?』って思いました。

The phrase "life-threatening mission" is often used, but I wondered if there were people who could carry out intelligence activities in an extermination camp.

私、これを知った時、『これまでも、そしてこれからも、国家権力に逆らうようなことは絶対にしない』と、改めて誓いました。

When I learned of this, I vowed once again, "I have never, and will never, do anything that goes against the power of the state.

国家権力が本気を出したら、私を消すなんてこと、本当に造作もないことのはずですから。

If the state power gets serious, it really shouldn't be a big deal to erase me.

By the way, my family has told me, "If it comes to that, run away on your own (don't rely on us)"

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『私達は世界中から見捨てられた』 ―― この事実だけで、イスラエルとしては十分なのでしょう。

The fact that "we had been abandoned by the world" is enough for Israel.

先月の、パレスチナのガザ地区を実効支配するハマスに対する、あの苛烈とも言えるイスラエルの報復攻撃を見ても明らかです。

This is evident in last month's ferocious Israeli retaliatory strike against Hamas, which effectively controls the Palestinian Gaza Strip.

単純に死者数を見ても"10倍返し"ですが、2014年での紛争では、死者数比率 パレスチナ:イスラエル = 1221人:56人で、"20倍以上返し"です。

Simply looking at the number of deaths, it is a "tenfold return. In the 2014 conflict, the death toll ratio was Palestine:Israel = 1221:56, a "return of more than 20 times".

# この比較自体が、非人道的でナンセンスという批判は、甘んじて受けるつもりです。

# I'm going to indulge the criticism that this comparison itself is inhumane and nonsense.

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今さらながら、ですが ――

After all this time

イスラエルは『世界は、これまでも、これからも、何度でも私たちを見捨て続ける』と思っているんだろうなぁ、と思っています。

I wonder if Israel thinks that 'the world has and will continue to abandon us again and again.