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2010-03-06 本が私を呼ぶ [長年日記]

歴史小説が面白いと感じるようになったのは、歳のせいだと思います。

歴史小説は、最初から結末が分っているドラマのようなものです。

間違っても「関ヶ原で、東軍の家康が敗走するシーン」とか、「明智光秀が信長の射る矢に打たれて死ぬ」などが、出てくることはなありません。

なにしろ、結論が確定している内容の本は、安心して読めます。

新しい事実や、予測のつかないストーリーに翻弄されることなく、ゆっくり楽しむことができるからです。

このような考え方に至らしめる一つの要素が、「年齢」であり、あとは、「多忙」だとか、「保守的」とか、まあ、いろいろなのだろう、と思っています。

文章や構成、ストーリーに腹を立てながら、全巻読破する、という、今の自分では信じられない本の読み方をしていたのは、若い頃だけです。 そういう読み方をする体力は、もうないのです。

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池宮 彰一郎の「島津奔る」を図書館から借りて読んでいました。 「四十七人の刺客」といえば思い出す方もいるかもしれません。

最初の3ページくらいをパラパラと読んで、借りるかどうかを決めます。なにしろ、楽(ラク)して本が読みたいので、相性の悪い本では疲れるのです。

いい感じだな、と思い、今回は久々のヒットでした。

島津の兵士が、主君の元に駆けつける為、九州から関西まで走破するシーンには、思わず落涙しました。

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どこかで書いたかもしれませんが、ティーン、20代前半の若い頃、本屋の文庫本のコーナーを通過する時に、よく本に呼び止められたものです。

『ちょっと、俺を読んでみろ』と、私に呼びかけるのです。

その場合、私を読んだ本は、大体においてヒット、場合によってはホームラン級の面白さでした。

これらの本は、今の私を構成している一部になっていると思えます。

この手の話、結構同意してくれる人、結構多数なのです。

人と人のテレパシーは分からないけど、本と本のテレパシーはあるように思っていました。

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最近、「本が呼んでくれない」、または「変な本が私を呼ぶ」という現象が多くなったように思えます。

最初の30ページで、図書館返却というような、昔では絶対考えられなかったことも、普通になりました。

まあ、いろいろなことを含めて、『歳を重ねてきたのだ』と、ちょっと感慨にふけったりしています。