私の記載する技術コラム(その他、英語と法律)は長いので、しょっちゅう「分割」命令を喰らいます。
私としては、なるべく分割せずに、一気に(たとえ20枚ページでも)掲載して欲しいのですが、
「読者が最後のページに辿りつけません」
と編集部の方に言われたら、グウの音もでません(実際にデータを見たら、そうなっている)。
ところが、ページビュー(PV)の数が稼げなくても、なぜか「印刷をしている人」は多いようなのです。
ここから出てくる結論は明快です。
「会社で印刷して、持ち帰って読む」
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コンテンツ作成者としては、これは「よろしくない」のです。
私の記事は、つまるところ「広告へのクリック」に引き込むことが期待されているはずだからです。
この考えは、テレビの視聴率とさして変わりはありません。
「ただ読んで貰えれば良い」ではなく、パソコンやスマホから読んで貰って、広告をクリックして貰う必要があるのです。
印刷して、帰宅の電車の中で読まれてしまっては、広告へのアクセスの可能性が絶無となってしまいます。
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この問題を解決する手段は明快でして、
■私のコラムが面白いこと
と
■私のコラムが短いこと
を両立させれば良いのです。
しかし、片方だけでも十分に難しいのに、両方というのは厳しすぎる要求というものです。
それでも編集さんは、分割命令は出しても、「コラムを短かくして下さい」とは決して言いません(ガマンしているのかもしれませんが)。
また、同僚からは「江端さんの論旨展開は、突っ込みにくい」とも言われています。
「もっと読んで貰いたいなら、敢えて『遊び』の部分がなければ」と忠告されています。
―― そう言われれば、そうかもしれない
と、思い当たること、山程あります。
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私、コラムを「特許明細書」のように記載しているフシがあるのです。
つまり「背景→既存の手段の問題点→課題→課題を解決する手段→実施例」という流れです。
このような記載方法ですと、全部読まないと訳が分からなくなるので、確かに「短かくしてくれ」とは言いにくく、また「スキや遊びがない」コラムになるのは自明です。
しかし、このような文章を「分割」するとですね、(誰かがツイッターで言っていましたが)、確かに「何を言っているのか分からんぞ」という記事になるのも事実なのです。
なぜなら「結論」が見当らないコラムになってしまうからです。
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と言う訳で、前後半に分割されたコラムに関しては、
―― ここからじゃけん! ここから盛り上がるんじゃけん!! 次回後半まで、もうちょいと待っとけや!!
と、パソコンの前で、広島弁(?)で、ツイッターに突っ込む私がいる訳です。