「優秀でない人」が「優秀なように振る舞う」というのは、これ以上もなく醜悪な風景であり、見苦しいこと、この上もありません。
しかし、「優秀な人」が、「自分の優秀さを理解していない」というのも、
―― まあ一般的には、「美談」として語られることが多いのですが ――
酷く「困る」こともあるのです。
-----
エンジニアの世界の中でも、特に研究員に強く求められているのは、「発明」です。
「発明」というと、エジソンが発明して、具体化したような「電球」などを考えてしまいがちです。
しかし、実は「発明」だけであれば、エジソンは「電球のプロトタイプ」まで作る必要はなかったのです。電球の仕組みを「思いつく」だけでも発明としては十分なのです。
発明とは、「技術的思想の創作」(特許法第2条1項)であり、それを有体物として具体化することまでは要求されていないからです。
しかし、それが単なる「アイデア(=技術的思想の創作)」で完了するか、「実際に電球を作っちゃう」の間では、
―― その「凄さ」については、そりゃもう、天と地ほどの差があります。
-----
私の勤務している会社には、それほど数は多くありませんが、「作っちゃう」という人間がいます。
私が、「そのアイデアは、こういう風に使えると、素敵だよね~~」というと、本当にそのものを現実に作り上げて来てしまう、技術者がいるのです。
―― お前は魔法使いか!?
と、腰が抜けるほど、驚かされます。
私の勤務している組織には、英語だけでなく、このような技術力に関しても、「神に愛されている」エンジニアがいるのです。
そして、困ったことに、このようなエンジニアは「神に愛されていること」に全然気がついていないのです。
-----
『えー、こんなの簡単ですよ。誰でもできますよー』
―― できないってば! 少くとも私に関しては、次の人生でも、その可能性は絶無だってば!!
『えー、特許明細書ですかぁ。こんなの特許されませんよぉ。公知技術の単なる寄せ集めですよー』
―― 百歩譲ってその着想は「寄せ集め」かもしれないけど、それを、具体化するまでのプロセスには、山程の、新規な発明が含まれているんだってば!!
『えー? 書くんですか。面倒くさいなぁ。江端さんの発明にして貰っていいですよ』
―― 出願人は譲渡できるけど、発明者の地位は譲渡できないんだってば! そんな出願してしまったら、特許が無効にされるんだよ!!
という訳で、このような「優秀な人」が、「自分の優秀さを理解していない」ので、私は、その人の代わりに、特許明細書を執筆して、日本や欧米の特許庁と、特許査定を巡るバトルを展開しています。
-----
「自分の発明しか愛せない」が、私のモットーなのですが、このモットーに反しても、守りたい、という発明もあるのです。
もっとも、私がそのような殊勝な気持になるのは、その「優秀な人」の、ダークマターのような「無欲さ」に、私が、とても好感を持っているからなのですが。
まあ、そう考えると、
という、私のポリシーからは、それほど、ズレてはいないのかもしれません。